通勤道 阿佐ヶ谷商店街 (2019.4.24)
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 日本家族カウンセリング協会が阿佐ヶ谷の事務所に移って、まる11年が経つ。阿佐ヶ谷南口から約15分、パールセンター街と続くすずらん通りを通り抜けて協会へ通う。なんとなく下町の匂いのする店舗が立ち並ぶ商店街だが、入り口には昭和27年創業の老舗「鉢の木」の和菓子屋さん、ねじめ正一の実家の「ねじめ民店」はよく知られるところだが、東京土産の代名詞"東京ばな奈"を売る「ぶどうの木」もこの商店街が発祥の地だそうで堂々の存在感を放っている。
 夏には七夕まつり、秋にはハロウィンやジャズが奏でられ、商店街は年間を通して賑やかだ。電気屋さん、寝具店、美容院、総菜屋さん、喫茶店…いつも変わらない日常があるように見えて、この数年の間にも随分と様変わりしてきた。昔ながらの大きな茶壺の並ぶお茶屋さんは壁に屋号の文字を遺して今は売り尽くしの商品が並ぶ期間限定のフリースペースになっている。お漬物屋さん、時計屋さんも看板を下ろした。店舗が閉まり工事のテントが張られると、ここに何のお店があったのか、記憶は瞬時に消え新た塗り替えられていく…。
最近、新しくどんなお店が来るかと思っていたところに、児童待機問題の対策なのか、小さな「保育園」が2件も誕生し、出勤前にパパが預けにくるのは当たり前となり、昼間、移動ぐるまに乗った可愛い保育園児たちのお散歩も商店街の賑わいの風景に加わっている。
 商店街の中腹におよそ300年前に建立されたという、お顔の部分も欠け落ちた青面金剛像と地蔵菩薩像が目を引く。江戸時代には、練馬の貫井弁天から堀の内の妙法寺へ通じる参詣の道として親しまれるようになったそうでその頃の名残とのこと。今もお花を供えて護り続けられている。石像は300年の間どんな光景を見続けて来たのだろうか。足を速める通勤途中に手を合わせながら、古の風景を想像している。
パールセンターについてhttp://www.asagaya.or.jp/index.htm
杉溪 眞理子


「ラピュタ阿佐ヶ谷」〜昭和の名画座 天空の城散歩 (2019.2.19)
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JR中央線阿佐ヶ谷駅北口のロータリーから徒歩1分、スターロードへ。そこは近代的町並みから一変、ちょっと猥雑な昭和の裏町を彷彿させる。昼間こそ静まりかえっているその路地にも、夜になれば店の外までお客の笑い声が聞こえてきそうな賑わいなのかもしれない。それでも日の高いうちからお酒が飲める店もちらほら。そんな界隈もほんの1、2分通り過ぎると、健康的なスポーツクラブを背にしてニョッキリとその建物は現れた。昭和の香りを存分に漂わせ、まさしく時空を超えた「ラピュタ阿佐ヶ谷」だ。
この館を創設した才谷 遼氏。学生時代に映画監督岡本喜八に師事し映画の道にのめり込んだそう。阿佐ヶ谷文士の香り残るこの地を選び、1998年ラピュタ城がお目見えしたという嬉しい運びだ。その名の通り、創設当時はアニメ映画専門館だったらしいが、現在は消えゆく邦画を惜しみ、旧作上映に注力している。

地下 芝居小屋ザムザ 1、2F 映画館ラピュタ 3,4F レストラン山猫軒
どの階も氏の意気込みと思いが深く感じられる。淡路島の土壁や、水と段ボールのスピーカー、自然に息づくこだわりの館の懐かしさと温かみ。隣町に住む私は、この山猫軒には何度か足を運んだことがあるが、こだわりフレンチの美味しさもさることながら、線路の枕木のらせん階段と、丸い窓から覗く中央線のホームに惚れ込んでしまった。あくまでも懐の深い、歴史を背負った阿佐ヶ谷に鎮座していらっしゃる。
アラカン?の私も知らない昭和レトロの映画作品。2月の上映は勝新×田村高廣の「兵隊やくざ」シリーズ。1週ごとにシリーズを連続上映している。ファンでなくても疼くようなラインナップかと感動しきり! 映画館受付横にはセルフサービスのカフェがあり、昭和の映画ポスターや書物、舞台俳優さんの手書きサインが並ぶ。
まるで昭和の映画博物館だ。

この阿佐ヶ谷文士の地に創りたかった館主の想いを噛み締めながら、歴史を刻むラピュタの城に、我が「日本家族カウンセリング協会」の更なる歴史を映し合わせ、阿佐ヶ谷の懐に抱かれて「協会ここにあり!」と聖地にしたい思いを更に深めた次第なのです。
森友 由美子


八代から川内へ向かう肥薩オレンジ鉄道の車中より (2019.1.30)
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 進学のために上京して来て以来、ぼくは東京に今年でちょうど45年住んだことになる。けれども、東京名所のうち案内できる個所はごく限られているし、ましてや、自宅や会社の最寄駅や池袋や新宿など買い物などに行く街の駅を除くと、首都圏各駅で周辺の街並みを知るところはないに等しい。最近流行りのチコちゃんにはボーッとしてるんじゃない!と叱られそうで、とても恥ずかしい。
 さて、チコちゃんのいうボーッとの意味することはなんだろうか。何かを意識した能動的行動をしていないということではないか。さらに、この能動的行動について考えてみると、さまざまな関係作りの面でも少なからず影響しているように思われる。偶然に知り合った二人がより親しくなっていく道程には、どちらかが相手に話しかけるなど能動的行動が観られることに多くの人が気づいているのではないだろうか。
 前置きが少し長くなってしまったが、この連載コラムのタイトルにあるチカラ散歩≠ノは能動的行動をしよう!ここ阿佐ヶ谷の地カラ。という意味が込められていると勝手に思っている。この目的は何か?それは、会員と地元の方々に当協会の事務局(本部)が阿佐ヶ谷にあることを認知していただき、この地を日本の家族カウンセリングの聖地に発展させること。このことに尽きると思う。
 会員各位には朋の会を中心としたさらなる交流によって、会員お一人ひとりのお名前と顔が一致するくらいになることが、まずは大事なことだろう。地元の方々に認知していただくのはかなりのハードルだが、比較的、事務局に来る機会の多いぼくたち理事が当協会を紹介するのが必須と思う。
 こんなことをつらつら思っていると、12月5日、長谷川理事長がこの地のラフォーレというシャンソニエのコンサートに出演されると耳にした。理事長から率先垂範である。それにシャンソンを歌われると聞いてますます興味津々。いてもたってもおられず観覧に行った。ラフォーレに入ると、とってもソウルフルな特別な空間が広がっていた。
 イメージしてもらいやすいので、失礼と思いつつも出演者を感じの似た有名歌手に擬えると、シャルルアズナブールを彷彿させる理事長、ベッドミドラーばりのyu-meさん、ライザミネリに似たエミさんとなる。それぞれビックするほどすばらしかった。終演後は、駅北口の歓楽街での打ち上げに参加させてもらった。喜びのぼくの呑兵衛頭の中ではコンサートの歌がずーっと続いていた。ぼくにとっての阿佐ヶ谷チカラ散歩の一歩目はこんな感じだった。
上脇 貴


民藝品店 ねじめ で阿佐ヶ谷初みやげ をつくりました (H30.11.13)
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私たち 家族カウンセラーの拠点、東京、阿佐ヶ谷。ここは文化の香りが濃厚で、かつ住みやすい庶民の街!というのが長谷川の第一印象です。文化とは、音楽と広義の絵画。

そんな印象を同じように感じるこのお店、ねじめ 民藝店。隣り街の高円寺純情商店街 にある?同店の系列店かと思いきや、いわば本店そのものが、阿佐ヶ谷に移転してきたと、店の若奥さん。ここで来年のカレンダーを買った。惹かれた。ネコ好きの子供へのみやげになる。
店の若奥さんの義父になられる 詩人 ねじめ正一さんも、ここ阿佐ヶ谷に、お住まいと。氏が 詩人に与えられる "H氏賞"をとられた辺りから、ご作品にとても関心を持っていました。理由は自分が、音付きの歌謡つくり を趣味としているからです。
その方が自分たちの拠点地に既にお住まいと、、どこか嬉し。
また偶然なのが、私たちが始めた「おんなとおとこが、可能なら、添い遂げる工夫」をテーマとする毎月の「婦人公論」の読書会の会場のひとつに選ばせいただいた Cafe Mercado が、この民藝品店のまん前とは、なお嬉し。
つまり、阿佐ヶ谷は、音楽と絵画に加えて文学の、、その、、人生の街と。
さて長谷川は今から関係のfmラジオスタジオへ走ります。ある詩人のサンテック作「星の王子さま」の名声高い翻訳術をめぐりお喋りをさせていただきます。第2火曜午後2時10分辺りから「歌と涙とハッピー哲学」リッスンラジオ http://listenradio.jp/sp/ から「fmいずみ」選択で。
長谷川 啓三


「音楽のある街、阿佐ヶ谷」 (H30.8.17)
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昨日は、理事長役を仰せつかって最初の理事会でした。ご参加の皆さまには、お礼を申し上げます。
新理事会で取り組むべき重要問題の、その解決/ソリューションについて最初の議論ができました。
その後「音楽ある街」とも言われる阿佐ヶ谷の街へ 在京の先生方で繰り出し オキナワ三線 と泡盛 を楽しむことが出来ました。「沖縄食堂」というお店でしたね ??
確かに面白い街です、阿佐ヶ谷。次はシャンソン流れるお店か?と。この街で、杉渓一言先生のご意志、「日本の家族カウンセリングの基地」を作る作業を、皆さまと、ご一緒に更に進める気持ちを新たにしました。
長谷川 啓三